All about that bug

蠢くウジが開く道

アメリカミズアブの仕事

 

数年前に家で使っているここニュージーランドが誇る脱近代デザインのミミズコンポストHungry Bin(ハングリービン)に大量のウジ虫が湧いて始まったこの一連の調べ事の経過と所感の備忘録として一応まとめて見ようかと思う。

 

www.hungrybin.co.nz

ハングリービンについてはまた改めてまとめるとして、まずそのウジ虫は通称アメリカミズアブ、学名Hermetia illucens (ハルメティア イルセンス)、英語での通称Black Soldier Fly(略してBSF) の幼虫で世界各地の温暖な地域に広く分布するハエ目(双翅目)ハエ亜目(短角亜目)ミズアブ科(Stratiomyidae)に分類されるアブの一種.

 

戦後の1950年ごろから米軍の荷物とともに沖縄から日本に移入されたらしいことからこのように呼ばれているようなのでここではこのアメリカミズアブ をとりあえず

"メリアブ"

と呼ぶことにします。

 

ご家庭で生ゴミコンポストをやっている方々の中ではそこそこ知られた存在かと思われるがミズアブジェトなる専用の殺虫剤も存在しており、日本では特に便所蜂などとして不快害虫の知名度の方があるようです。

ちなみにこの便所バチの呼び名はかなり似ている同じミズアブ 科のコウカアブ(学名:Ptecticus tenebrifer、コウカ(後架)は便所の意)の名の由来と生態に関する認識に基づいたものと思われ、後発ながら姿形と生態が酷似しているとなっては一括りで呼ばれても仕方あるまい。

kotobank.jp

しかもどうやら後から日本に入って来たこのメリアブ がコウカアブの生息を駆逐しているらしく名実共に便所バチの名前をしっかり引き継いだ模様。

いずれにしても人間が発生源の有機物類がこの虫の生息と強い関連性があるということには変わらないのであろう。

 

でここ最近このメリアブが世界のメディアの注目を集めつつある。

注目されているのはこのメリアブ の幼虫で(BSF の幼虫Larvae(ラービー)でBSFLと記されることも多い)、その旺盛な食欲を利用し食品副産物や有機廃棄物を短時間で減容処理し、副産物として(1)タンパク質と脂肪を多く含む成長したウジ虫と(2)土壌改良剤や肥料として利用できる排泄物に転換できることである。

↓SubtitleをクリックしてJapaneseを選択すると勝手に訳した字幕がでます:)

 
 

www.afpbb.com

メリアブウジの栄養価と世界の食料事情

この生ゴミや有機廃棄物処理能力と共に注目を集める理由はそのメリアブウジ虫の栄養価。 

今後の世界的な人口増とそれに伴う食料需要、特に魚介類の需要増が見込まれているが、天然の魚介類については増産どころか乱獲による枯渇が見込まれている状況で今後は世界的な魚介養殖の時代に突入すると言われている。

business.nikkeibp.co.jp

となるとその養殖魚の餌が必要なわけだが、養殖業における飼料原料はタンパク質含有量が35−50%と高く主に(1)カタクチイワシ、ニシンなど脂肪分の多いの魚を乾燥して粉砕した魚粉と(2)植物由来の大豆、トウモロコシ、菜種などを加工する過程で生産される副産物(大豆粕、コーングルテンミール)を利用したものがほとんどらしい。

 

で養魚飼料として優れている魚粉は様々な環境的要因から増産が見込めない上に高価あるいは不安定で魚介類生産コストに占める飼料コストの割合を高めてしまう問題がある。

一方植物由来の原料も嗜好性摂餌性の面から十分ではないとされる上、魚の生理状態に影響する物質(消化不良の原因となる抗栄養因子)が含まれることや魚のタンパク質構成アミノ酸の吸収率と体内での吸収したアミノ酸のバランスに起因する栄養価の問題、その上植物由来タンパク質開発国での農業環境と農薬の過剰使用の問題などもあり、飼料の全てを植物由来の原料で賄うことは望ましくないということ。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/76/3/76_3_344/_pdf

 

そこで注目を集める昆虫の餌としての利用価値。

養殖魚用だけでなく世界の食品生産企業や農業企業は動物用飼料、あるいは人間向けの食品への添加物用としての代替タンパク源を探しているわけだが、この昆虫由来のタンパク質が養殖魚の餌として一つとして、着目されるのには理由がいくつかある。

それは消費者が昆虫を人間の食品に添加するなどはもってのほか、動物の飼料として与えることに対してさえ嫌悪感が強いとされる中、そもそも自然界において昆虫類を食べる魚類の養殖用の飼料の一部として昆虫を使うのは消費者としても受け入れやすい、というもの。

 

www.itmedia.co.jp

 

メリアブはミールワーム(ゴミムシダマシ科甲虫の幼虫)やコオロギ等と並び代替タンパク質として養殖可能な昆虫とされる虫の一つで、そのウジ虫は±40%のタンパク質と±30%の粗脂肪を含むことから養殖魚のえさとなる魚粉の代替飼料原料であるとして世界的にその価値が期待されている。

 

www.mitsui.com

www.jircas.go.jp

近大マグロの餌としてもそのうち国産ウジ粉出てくるのはないか。

news.livedoor.com

 

日本ではいくつかの研究機関でメリアブの研究も進んでいるが、愛媛大学(メリアブの研究もしている)の三浦教授は増殖速度が速いうえに人為的に生育を制御できるイエバエの幼虫に着目し、家畜の糞尿を幼虫のエサとし、また幼虫の分を肥料として活用することで人類の廃棄物から有用な資源を作り出す再生産システムして天然資源を保全しつつ養殖魚の飼料用タンパク源の安定供給に貢献する方法を確立するための研究開発に取り組んでいる。

 

www.jst.go.jp

本来動物が餌として食べる虫

この研究の成果として特筆すべきはイエバエのサナギ粉を魚粉に混ぜて与えた際の与えていない飼育魚との比較で明らかになった3つの効能である。

1つは飼料を魚が好んで食べる嗜好性の高さ、2つ目は体色が鮮やかにする効果、3つ目は免疫が活性化して病気に強くなることである。

需要の急激な増加を受けて世界の養殖魚介類の90%が生産されるアジアでは、病気を防ぐため、欧米や日本で禁止されている抗生物質や殺虫剤を使う養殖場もあるとされ、水質や生態系に与える影響と養殖魚の食品としての安全性は養殖魚を巡る大きな課題である。

昆虫由来の飼料が一般に魚の免疫を高め色つやをよくする効果があるとなれば、前述の抗生物質や薬品の使用を減らすことにも繋がり、安全性を含めた品質向上に貢献する可能性も高い。

 

環境省のプロジェクト「ミズアブの機能を活用した革新的資源循環系の構築」は大阪府立環境農林水産総合研究所のもとで愛媛大学、国際農林水産業研究センターと香川大学が研究(2018年農業技術10大ニュースに選定)を分担し

(1)「低品位の有機物を高効率かつ衛生的に分解し有用な物質に変換する能力の実用化に向けた知見の獲得」、

(2)「ミズアブ幼虫の消化吸収能力が食品廃棄物の処理に適用可能であることの確認」、

(3)「廃棄物重量減少率や窒素の回収率の定量的データの獲得」、

(4)「ウジ虫による処理時の温室効果ガス発生量が焼却処理時より大幅に少ないことなど環境負荷の低さを確認」、そして極め付けは

(5)「廃棄物処理後に回収されるウジ虫やウジ糞+残渣を機能性飼料や肥料として利用する手法を開発、 特に飼料利用については魚粉を100%代替する可能性を確認」

という成果を発表して高い経済的価値を期待、国際的な食料安全保障の観点からも重要な課題である魚粉代替飼料の開発に向けてメリアブ研究と利用が見込まれる、としている。

 

メリアブ のウジを養殖魚のコウライギギ(高麗義義、学名:Pseudobagrus fulvidraco、英語:Korean bullhead/yellow catfish)の飼料原料の代替として与え、成長と免疫への影響を検証した研究もあり、今後さらに養殖魚の餌としてのメリアブウジの研究成果が多く出てくると思われる。

 

メリアブ飼育の安全性

そもそもメリアブ の成虫は羽化してから何も食べず水分を吸うだけなのでイエバエなどの様に人間の食べ物に寄って来ないこと、メリアブのウジが取り付いている有機物にイエバエが寄り付かないこと、またウジ虫の体液中に存在する抗菌ペプチド等の作用により摂食残さ中の微生物の活動が抑制されることが知られており、病原体媒介のリスクの低さ、扱う上での安全性に対する評価も高い。

 

欧州においては2017年5月末の規定改正により水産養殖動物等に用いる飼料への飼養昆虫由来の動物性たん白質の使用を認め、メリアブ を”飼料用途に用いる昆虫の生産に対する安全条件を満たすEU域内で現在飼養中の昆虫種”として特定し、飼養昆虫に由来する飼料用途に用いる動物性加工たん白質の生産に用いることができる昆虫種のリストを加えることとなっている。

 

世界的なメリアブブーム

そのような需要見込みを受けて寒冷地を含む世界各地(アメリカカナダ欧州、中国、南アインドネシア等)で産業規模の飼育施設の整備と稼働がメディアに出始めている。

ただこれらの大手ウジファーム企業がテクノロジーや生産コスト、生産量に関する情報を企業秘密であるとして開示していないこともあり、未だその収益性を安定継続的に確保するための大規模飼育管理に関する経験と知識は発展途上であるとされている。とはいえ今後様々なテクノロジーとデータ解析を組み合わせることによって飼育スケールに応じた管理の自動化、最適化と効率化が進むものと考えられる。

 

ということでこの希望に満ちた虫が裏庭も学校の校庭にも、そこら中にいるらしい。

見つけ次第ミズアブジェットで消し去りテレビを見るこれまでと同じ日常に戻るか、世界のこれからを探る挑戦を共に始めるか。

メリアブは今もそこらで我々と同じく腹を空かせ、次世代のために命を繋いでいる。

www.dipterra.com

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