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蠢くウジが開く道

BBCが伝えるアメリカミズアブ(メリアブ)の糞の可能 - 昆虫と共に再生する未来

以前の記事でも記したアメリカミズアブ(メリアブ)の幼虫飼育の残渣であるFrass(糞、抜け殻、食べ残しの混合材)に着目したBBC(British Broadcasting Corporation/英国放送協会)のオンライン記事を見つけたので、概要とそこから広がる妄想についてまとめてみます。

commonknowledgeinsect.nz

 

まずこれまでいろいろメリアブに関するメディア記事を見てきた中で動物飼料としてのメリアブについてほぼ触れずに世界の土壌の劣化という問題に焦点をあて、その解決の緒としてのFrassについて伝えている記事はなかなか珍しいのではと思います。

www.bbc.com

またこの視点の記事がBBCというグローバルなメインストリームメディアから発信されたという点で、何か意味があるのか軽く検証してみたくなりました。

調べてみるとBBCの使命は「報道(Inform)・教育(Educate)・娯楽(Entertain)」が原点となっており、そこで掲げられた目的は(1)「不偏不党のニュース・情報を提供し、国民が周りの世界を理解し、関わる手助けをする」、(2)「すべての年齢の国民の学習を助ける」、(3)「最も創造的、高品質で、卓越したアウトプット・サービスを見せる」、(4)「すべての国民、地域コミュニティを反映し、クリエイティブ・エコノミーを支援する」となっているようです。

www.jamco.or.jp

この点で記事内容が食料産業のエコ問題としてのサステイナブル昆虫たんぱく質不足云々、というのでは上記に掲げる「報道する目的」にそぐわないのかもしれません。また逆に溢れる生ゴミから世界の土壌回復のカギとなりうるかもしれないフラスを生産する事業の新たな価値に着目した発信が、「不偏不党の情報によって、市民が学習を通じて世界を理解し、社会と関わることを助け、地域コミュニティを反映したクリエイティブエコノミーを支援する」、という目的にハマっている、という話なのかもしれません。

ちなみに、このBBCサイト内でBSFを検索すると2023年にPodcastでナミブ砂漠のデザートビートル(ゴミムシダマシ科の甲虫)と共に紹介されたのみで、文字ベースのメリアブ記事がBBCに紹介されるのは初めて、という事のようです。

wired.jp

ちなみにこのポッドキャストではメリアブと人類の出会いから、昨今の生ゴミとタンパク質問題の救世主として注目された歴史を研究者や先駆的飼育販売業者と共を振り返る分かりやすい内容になっています。全く知りませんでしたがこのポッドキャストは「学術界で記述されている動物種の内およそ80%を占める昆虫類」のその環境に適用する能力とそれが科学技術の発明につながったストーリーなどを紐解く構成で好奇心を刺激する心地良いプログラムでした。

www.bbc.co.uk

 

ポッドキャストはさておき、この文字記事の要点としては、

  • 土壌は本来、微生物や昆虫などの多様な生物が共存し、その死骸や糞の分解によって栄養を循環補充しながら、人間を含む多くの動植物のWell-beingを維持する重要な生態系サービスを提供するもの
  • 化学肥料の長年の使用や土地開発によってその死骸や糞を提供する多様な昆虫や動物、分解微生物の生息環境が破壊され、世界中の土が痩せ、保水力が失われるという負のスパイラルが起きている
  • 現在世界の農業用地の33%が劣化しており、その主な原因が化学肥料の過剰使用する農作物生産方法にあると指摘。
  • メリアブ幼虫のほぼなんでも素早く平らげ、他の有機廃棄物処理技術よりも少ない温暖化ガスの排出、高い価値回収能力、循環経済の形成にむけた屋台骨的な役割に注目が集まっている
  • これまでメリアブたんぱく質の影で注目を集めていなかったFrassが土壌微生物の働きを活性化し、土壌に関わる広い生態系の多様性回復と拡張を促す力を秘めており、土壌劣化を食い止め、肥沃さを取り戻す鍵としても脚光を浴びはじめている。
  • メリアブ会社Chapul Farmsは、米国農務省(USDA)の土壌改良材研究プロジェクトFertilizer Production and Expansion Program (FPEP)から支援を受けて動物飼料を製造販売する傍らその副産物であるFrassを農家に提供し、Frassの農業利用へ価値の検証を進めているおり、ブドウ畑や野菜農家から「Frassを使用することで植物の成長が早くなり、細胞構造が強くなる」との報告を得ている
  • 米国国内でも安全で持続可能な農作物生産を望む声が高まっており、肥料価格が高騰するなかで既存肥料の代替としてコストを押さえて農家を助ける、という意味でもFrassに期待が高まっている、

という内容かと思われます。

www.chapulfarms.com

また、世界食糧機構(FAO)が昨年出した報告書においても微生物群が果たす土壌の健康、気候変動と人間に関連する基盤的な役割の重要性、そして作物の生産方法が土壌微生物に与える影響とイノベーションの可能性、重要性を強調しています。

土壌微生物群を活性化できるFrassの役割を他の既存技術で代替出来ないのであればおのずとメリアブ(の幼虫)の糞、といういかにも、とるに足らないものに秘められた世界を変えることのできる可能性に何やらワクワクですが、問題をどう設定し解決方法を見出すか、と言う問題の設定には教養が必要な様です。。。

openknowledge.fao.org

それはともかく記事の内容は米国の農業事情に特化しており、Frassの研究も欧州ではすでに先行して進んでいる、ともしているので、英国のBBCがあえてFrassの米国事情を発信する事に何か意識的な意図があるのか無いのか。

深読みすれば国内事情と利益を優先する、とする米国新政権がこれまで多くを輸入に頼っているとされる化学肥料の代替としての国産Frassの研究や生産に注目し、自国の農業のさらなるアップデートを目指してメリアブ産業に投資が増えるかも、という話でもあるかもしれませんが、米国の石油産業が化学肥料を増産して儲ける方が支持を得るのには手っ取りと思われる上に、どうやらFPEPもバイデン政権下の賜物だった様なのでそれがさらにアップグレードされるかは疑わしい限り。

ということでじっくり眺めてみると、Frassに着目している点はBBCほどのグローバルメインストリームメディア発の記事としては珍しいものの、内容的にはやや浅めの米国事情のみ、というモヤモヤ感の残る後味でしたが、業界で一風尖ったChapul Farmのビジョンを世界に紹介するのがライターの関心でBBCもそれ悪くないね、となっただけの話かも知れません。

open.spotify.com

open.spotify.com

そんなこんなで前置きが長くなりましたが一体誰が本気を出せば生ゴミをただ捨てるだけの時代に終わりを告げることができるか、そんな時は来るのか、また来ても来なくても未来世界では何が起こるのか興味は尽きません。
実際に毎日の生活で都市が排出する食品廃棄物(スーパーの売れ残りも含む)がどれくらいの量でどこへ行き、どうなっているのか、その長期的なコスト(ダメージ)がどれくらいで誰が払うのかなどゾッとするのみですが一般ゴミ、事業系共に生ゴミは日本では多くが焼却され、焼却しないニュージーランドでは埋め立てられ、自治体や企業によっては個別に回収し嫌気性発酵を経て燃料としてのメタンガス回収をしているところも少なからずあるようです。

台所からの生ゴミぐらいは身近だからこそ何かできるんじゃないの、ということで市民の手で堆肥化(コンポスト)し、「土壌資源」として家庭菜園やガーデニングなど家庭や地域内で使う活動も広ろがっています。

lfc-compost.jp

「食料を大量生産大量廃棄している中で来たる食糧不足が叫ばれる」現状を注視しつつもBBC記事の文脈でもある土壌回復を組み込んだ営みのシステムを構築することが人類の種としての根源的な課題のような気もします。産業の取り組みとしてシステム変革への意思を感じるChapul Farmや他の循環再生農業を通じてさらに大きな社会環境インパクトを残そうとする様々なビジネスの追随やら協業やらが織りなす発展を祈るところですが、近隣コミュニティーにおいては生活圏から「死体とウンコ」を排除する人間のためのインフラデザインによって無意識に日常を通して我々が一丸となって地域環境の土壌劣化や自身のwellbeingへの悪影響、ひいては気候変動まで加担している模様です。

www.youtube.com

そんな巨大な基盤インフラの迅速な循環再生に向けたシフトが望めないのであれば、市民によるローカルな循環再生(土づくり)活動が支援奨励拡張されより多くの生ごみを都市生態系や地産の食システムの資源として循環させ、ひいてはそれが行動規範となって地域、国地域レベルの環境改善につながる、なんてことは実際可能なのか、という問いに辿り着きます。

 

「トランジションデザイン」というアプローチによるとその国や地域レベルの土壌生態系ダメージの回復、的な地球レベルに至らなくて大きすぎてよくわからない社会環境問題を「厄介な問題 (Wicked Problem) 」と呼ぶそうで、この持続可能な未来への移行に向けて「厄介な問題 」 に取り組み、システムレベルでの変革を目指すデザイン方法論、研究、実践が「トランジションデザイン」だそうです。

www.youtube.com

 

ということでウジ虫コンポストやらFrassやらが「厄介な問題 」の解決に向けてどのシステムにどの様にデザイン、実践されうる可能性があるのか、「システム」とは何か、その前に「虫嫌い」は問題なのか、などまた夜な夜な考えていきたいと思います。

 

これまで見えていなかったもの、見なくてよかったもの、見たくなかったもの、気持ち悪い、得体のしれない、不快、痛みやかゆみ、腐敗や病原菌の温床として排除、駆逐、抹殺の対象であり象徴だった虫と如何に市民が関われるか。

そんな我々と得体のしれない昆虫たちの「あいだ」をとりもって、目指す未来に向けて新たな視点や感覚を提供してくれる仕組みや仕掛けはどうやって作れるか。

とりえあず飼育し観察しながら妄想を続けます。