All about that bug

蠢くウジが開く道

社会的共通資本としてのアメリカミズアブのチカラをヒトと自然をつなぐ装置として利用する案について

この記事ではアメリカミズアブのチカラをヒトと自然をつなぐ裏庭インフラとして利用と、それに欠かせないニワトリについて書いてみます。

 

私たちが自然の恵みを享受して社会生活を過ごす一方、その恵みを与えてくれる生態系の豊かさを保つためのしくみやつながりが現在の人間社会の日常生活を通して可視化できる形でデザインされていないことで、本来生態系の一部である私たちがこの地球で自然を収奪し破壊し、少なくとも今我々が享受している「豊かさ」を保つことすら現実的でなない、という状態まで来ているのに、これまでの人間中心デザインがそもそもの問題である(かもしれない)ことがわからない、という仮説をたてました。

この仮説を検証するために自然界を代表する有機物分解者であり人間社会が作り出す生ゴミや有機廃棄物の処理をさせたら右に出るものがいないと言われるアメリカミズアブ(以下メリアブ)を可視化参加型で我々の生活環境と生態系のつなぎ役として組み入れた実験的な食と生態系における物質と生命循環のクローズドループ(循環型)モデルシステムをコミュニティースペースに作ることを勝手に提案してみます。

 

メリアブのおさらい

メリアブは管理された環境と工程の元、人間が廃棄した有機物に含まれる栄養分を幼虫の体と土壌有機物となる排泄物という形で効率よく安全に回収できることが証明されており、世界中で持続可能な代替タンパク質や肥料源として様々な規模で活用と研究が進んでいます。
このメリアブ本来の姿である森における土壌動物の一部として担う土壌形成という重要な基盤生態系サービスを提供する役割を安全に効率よくこなす能力と適性が我々一般市民が普段の社会生活を通して生物多様性と生態系の回復と拡張に関わる機会であると捉え、裏庭、バルコニー、学校やコミュニティースペースで安全、快適に利用できる(1)モジュラーでモダンなマゴットバケツ(改)と(2)メリアブの幼齢幼虫を生産しサービスとして提供することで、利用者が生ごみを投入するだけで良質な動物飼料となるメリアブウジと昆虫糞なるフラスを持続して生産回収でき、日常生活を通してご近所の生態系と多種多様性の回復と拡張に人が果たす役割の理解(リテラシー)を深めることのできる体験学習裏庭インフラとして確立することをめざそうとするものです。

 

上記のマゴットバケツとは文字通りウジ桶であり、側面底面に穴をあけたバケツに動物の死骸や残渣などをいれて、木に(池の上)ぶら下げるなどすることで、基本的にはイエバエ、キンバエ、ギンバエやクロバエなどいわゆる動物死体や人畜糞群がるおぞましいハエ王国のウジを意図的に沸かして、サナギになるためにハエウジがバケツから這い出ると下でニワトリ(養殖魚)が喜んで待っている、というクラシックでオーガニックな仕組みだそうです。

とはいえご想像の通り、その想像したくない匂い、寄ってくるおぞましいハエの数、同時に寄ってくる他の害獣、実際にそのハエウジが食べる餌となる腐敗した肉に沸く多種多様な菌だの微生物だのが及ぼすエサとしてのハエウジの安全性に起因する不透明なリスクなど、実験と知見を積み重ね、それが許容される外環境があったとしても公衆衛生的に一般市民におすすめできるものでは到底なさそうです。(閲覧注意の動画がmaggot bucketの検索で多数出てくると思われます。)

ということでマゴットバケツという言葉を使うこと自体ネガティブな印象を与えかねないのでやめたほうがいい気がしますが、仕組みとしては実際かなり同様で、メリアブの誘因に特化することで他のハエを誘引しない(多少は来ます)メリアブバケツができるはず、という問いです。

 

このシステムの実装を通して環境危機に対する従来の自然保護やゴミ減量というような「生態系への悪影響を減らす」、という限られた人間目線の活動の枠を超えて、自らの生活から出る生ゴミをメリアブの力を借りて一般的な生ゴミコンポストよりもはるかに効率よくより少ない環境負荷によって生きた土壌を作るという生態系の改善と拡張、土壌のローカルな食文化の発展への利用するというプロセスを可視化することができ、また生ゴミをメリアブの幼虫にとって栄養価の高い飼料資源と捉えて与え、育ったメリアブの幼虫を動物やペットの餌として与える餌やりを通して生態系の食物連鎖における様々な動物と人間の役割、命の繋がりと責任、体験する喜びと共感について考察する機会を提供することもできます。

このシステムは我々が社会共通資本たる生態系の一部であることを実感し、一個人として、コミュニティーとしてまた経済活動を行う事業主体として如何に地球環境問題の根源とされる食システムと都市化による生態系破壊と向き合い、解決していくべきか、自分の生活圏で取り組める活動のアイディア発想や共同、協力して行動するきっかけ、また世代を超えた生涯学習教材、研究実証対象となるものと考えます。
この小規模システムを同時多発的に分散的に整備し、世界的に普及しつつある既存コンポストとローカルな食システム等の地域特性とニーズに合わせてデザイン、実装、評価、改善を繰り返し、その成果をスマートに分析最適化しながら有機的に繋がる社会基盤施設(ソーシャルインフラストラクチャー)ネットワークとして街や地域全体で機能させることで都市環境全体が健全に機能する生態系となりうるのではないでしょうか。
狼を森に返すことで動物の行動が変化し植生と水環境を含む生態系全体の機能が最適に調節されるように、メリアブ を都市生活の中に意図的にデザインするモデルシステムの実装は我々が生態系の一部として自覚を持って行動するよう促し、人間が主体となって生態系の回復、再生、拡張をもたらす持続的な発展を可能にする社会変革に繋がるのではと考えます。

 

継続しスケールさせるビジネスにしないといけない

と、そこまで考えたのですが果たしで誰がこのシステムの恩恵を享受することを望み、そのコストを負担し、そして本当にこのシステムがスケールして機能するのか、謳われた社会環境impactは生まれるのか、そして事業として成立するのか、という現実問題の質問に答えなければなりません。

 

そしてスケールさせる、という点で考えないといけないのは、これまで社会環境問題が「解決しなければならない問題である」、と明確に定義されても慈善事業の範疇でしか成立しそうな解決案が出てこない、という、社会システム上の課題、である、という事実があります。すなわち、現在の食システムをつかさどる中央集権大量採掘生産廃棄システムの代替案をあるべき姿として提示し、そこに向けて少数でも賛同を得られる解決方法を地道にぶれずにプロダクトやサービスを通して売って行かなければいけない、のではないか、ということです。

 

50Upプログラム

そんなこんなで軽くスタックしているコミュニティーファームでの実験も進めながらぐるぐる思考だけをまわしていたところ、首都ウェリントンのスタートアップ支援機関であるCreativeHQが50歳超えでオークランド住民限定の起業支援プログラム試験的に実施することを知ってメリアブ仕事のネタで応募したところありがたいことに参加させてもらえることになりました。

creativehq.co.nz

かれらの主張ではいわゆるシニアの人口も増え余生の過ごし方も問われる中、無駄な寄り道をしてきたことで得た経験と知識に基づく、それぞれ個人のライフステージ、社会的文化的背景ならではのアイデア、アプローチを持ったシニア年代層の起業は継続と成功確率が高く、そんなシニア層が問い示す「意味」を持ったビジネスが世の中に与えるポジティブなimpact、めざす成功や豊かさの視点が若い年齢層と異なる点で開拓可能なマーケットがまだまだあり、支援と投資に値する、的な趣旨だったと思います。

10週間の間に4回参加者全員で顔を合わせて集まりそれぞれの「道」について話あったりビジネス講座を受け、オンラインで経験豊富なスタートアップコーチがそれぞれの段階や実情にあわせて10回のコーチングセッションをすべて無料(ありがたい)で受けられる、というものでした。(参加者の間で実際、このプログラムの実施コスト考えたら有料プログラムだとしたら参加費50万円程はするのでは、となりみんあでがんばらなあかんねぇという話でした。)

4回の対面プログラムは終わり、まだコーチングセッション半ばですが、一つ頂いたお土産は、多くの便利なモノに満たされてしまったヒトはもはや「意味」しか食べないし買わない、ということですべきなのは思うところのあるべき姿を示し、そこと今のギャップを埋める方法をプロダクト、サービスという形で勝手に提案して、それを身銭を切っての購入という形で賛同を受け、事業として成立させることでビジョン達成に向けたimpactを出す、という探求の「道」を迷わず歩まなければないない、ということだそうです。

 

ということで、メリアブ粉を含むペットフードビジネスの設立経験ももつ担当コーチの問いに導かれ、めざすあるべき姿(ビジョン)が「メリアブに促され、人の日常生活と生態系のWell-beingがつながるRegenerativeな都市環境の創造」だとすれば、ギャップを埋めるメリアブビジネスの「How」は生ごみをメリアブに食べさせるコンポストシステムではなく、メリアブを都市環境で飼われている動物(ニワトリ)が当たり前に食べられる仕組み、なのではないかと、いうこと(仮説)になりました。

世界中のメリアブビジネスは直接そこ(ニワトリのエサ)に行っていて、みな同様に同じようなことを言ってるのですが、事業主体は生ごみ回収とウジのたんぱく源(餌)としての販売が多く、そこにはあんまり自分ゴトとしての関心が深まらないのです。

それはなぜならメリアブによる産業改革は地元コミュニティー、日々なんだか地球やばいなぁと過ごす我々やご近所さんへのシステム変革につながる動機や行動変化へのimpactがほぼない、と思うからです。

以前の記事でも書いたと思うのですが、食品産業と廃棄物産業にメリアブを埋め込むことは既存インフラの排出量削減に大きく貢献、サステイナブル製品を世に多く流通させ持続可能な収益確保につながるはずですが、それは既存企業が新たなスタンダードとしてするべきことで、どうやるのか、そしてどうなるか興味ありますが、裏庭でのフトアゴヒゲトカゲ向けのウジ生産販売経験からスケールして自分が直接かかわりたいものではなかったのです。

それよりも、そんな裏庭DIYウジ生産販売を多くの人がするようになる、方がなにかしらの変革につながるのではないか、というモヤモヤが根底にありそれもあってコミュニティーファームのコンポストに問いかけ、市からのプロジェクト資金を頂ける取り組みにはなったものの、それがスケールする事業になるかというと、それはかなり謎、という実感は当初からありました。その先が見えないから多くを語れなくなり今をプッシュする原動力が落ちる結果になっていることも感じ取っておりましたが、それはそもそもコミュニティーファームという存在自体が(現在募金に頼らない収入減確保など組織改革を頑張っています)モラル上の意義を持って募金の形で支援はされるが、市民の必要を満たすために身銭を切る存在ではないからだと思われます。

 

ニワトリのメリアブ需要は理解していましたが、ニュージーランド、特にオークランドの都市圏の課題として考えていたので、郊外の養鶏産業と個人が趣味として飼育しているトリの外見を競う競技会「Poultry Show」の参加者コミュニティーくらいしか想定していなくて、なんとなく深堀りをしたことはありませんでした。

ちなみに↓はニュージーランドのドキュメンタリー映画「Pecking Order」で、ニワトリの美しさを競う「Poultry Show」に焦点を当てた作品。南島の小さな町で行われる家禽クラブの活動と、全国大会を目指すメンバーたちの競争や友情を描いていて、ニュージーランドのすばらしさ満載の映画です。

 

www.youtube.com

 

で、なぜ裏庭ニワトリかというと、ニュージーランドにおいては裏庭でニワトリを飼う世帯は少なくなく、以前は国の全世帯の半数がニワトリを飼っていた、という記述があるくらい彼らのDNAに刻み込まれているアイデンティティー的で情緒に満ち溢れた存在であるということ。

郊外のほうが一般的だと思われますが、オークランドの都市部においてもそれなりの数の裏庭ニワトリオーナー世帯がいること、パンデミックを経て鶏を飼う世帯が増え続けていること、そして、実際に都市圏を消費と廃棄のシステムからRegenerativeな生態系システムへのトランジション考えたときに都市部でメリアブを日常的に常食して、しかもその糞をそのまま土に返してくれる動物の存在をデザインに組み込むことが(スケールするかは別としても)不可欠である、という言われてみれば当たり前のようなことに気づいてみた、という事になります。

メリアブの入ったペットフードを犬や猫が食べてくれても、彼らのウンチを菜園で使うコンポスト材料として利用する習慣を奨励することはあまり得策でもなさそうです。

パーマカルチャーなど循環的な生態系デザインを用いるコミュニティーガーデンにおいて羊、ニワトリなど動物を飼っている理由の一つに動物の糞を分解する土壌微生物が作り出す副産物による土壌再生機能が一つの重要の特徴とは聞いていましたが、視野の狭さからその動物、特にローカルなメリアブを消費してくれる個人が所有する裏庭ニワトリとその世帯の増加が地域環境改善に果たすRegenerativeな仕事、というのがモヤモヤ解消につながるかもしれないという事は考えたこともありませんでした。

ニワトリに限らず鳥類は昆虫類をそもそもオリジナルダイエット、本来の食性にかなったものなので、もはや都市圏で鳥を増やしましょう運動につながるのであれば、都市部で発生した生ごみがメリアブとなり、それを都市部のニワトリ、アヒル、野鳥もろもろが食べつくして鳥ふんを都市圏の土に戻す、という仕組みが描けそうです。

 

見聞きしたところ都市近郊の裏庭ニワトリオーナーの90%が女性だそうで、その多くは野菜くずやオリジナルのDIYシリアルブレンドなどと共にドライパレットになっている餌を普段与えているわけですがそこに含まれるたんぱく源は肉産業の副産物、植物由来(大豆)、魚粉などが主であり、あえてわざわざニワトリを飼う彼らの自然とのつながりや生き物と地球のWell-beingを尊重する意識には合致しない材料を餌として与える事を強いられている、という現実(といか今のところ仮定的な解釈ですが)もあります。

ニワトリを飼うことで得られる感情的な価値はコロナと昨今のいろいろを通じて再認識されているらしく、裏庭ニワトリを飼うための商品やサービスが一般的に普及していることもあり、裏庭ニワトリ(Chookと呼ばれています)オーナーは(世界的にも)じわじわ増加している、とのこと

 

www.nzgeo.com

“I’m happier than I’ve ever been in my life. I could watch them for hours—they have these complex little chicken societies and they all have different personalities.”(今が人生で一番幸せだよ。ずっと見ていても飽きない。彼らには複雑で小さなニワトリ社会があって、一羽一羽がそれぞれ違った個性を持っているんだ。)

 

一般にこの裏庭chookのオーナーセグメントである30-40代女性はウジどころか、活き昆虫を扱う、という行為に障壁があるとは言え昨今の昆虫産業の勃興、圧倒的な社会環境impactパフォーマンスを考えると、今後ひと手間必要な文化的な活動、意味のある時間の需要増加に乗って、長期的にはコア層と若い世代から始まって求められるシステムトランジション思考の浸透と共に徐々に受け入れられるはず、という妄想につながりました。

ということで現在自身が経験したHungryBinに生ごみを入れ続けるだけでメリアブウジがわいてきて売れることで価値を実感した、といプロセスを、裏庭Chookオーナー目線で、その湧き出るウジには裏庭Chookの喜びとWell-beingの源として、またシステムトランジションの欠かせない草の根文化復興運動として他には取って代わることがない貴重な身銭を切る価値のある存在として受け入れられるか調査中です。

まず彼らが簡単に使えるプロダクト(器)と提供できるサービス(幼齢ウジと産卵誘引資材など)ができ、少なくとも夏季の間は裏庭に仕込んだ野生メリアブコロニーの産卵によって沸き続けるメリアブをChookが楽しみ、裏庭の土壌は豊かになり、Chookオーナー間でのウジ需要が高まれば、自分もやってみたい、鳥は飼ってないけどどうやら簡単そうだからウジ作って配るよ、売るよ、とか、今ミミズコンポスト使ってるけど買い足すよ、という個人、学校もでてくるのでは、という流れを起こせるのではないでしょうか。

特に霜が降りることもないNZの北島においては冬季もちょっとした器の保温細工と幼齢ウジのサブスク提供によってウジ生産可能ですよ、というモノガタリにつながります。

設定ユーザーである30-40代女性が、虫は苦手だが触らなくていいのならトリが大喜びするのでなんとか頑張る、使いやすさ、見た目の美しさ(ここはやはり禅でしょうか)、安全性、栄養や健康関連の科学的な根拠がある、などを軸にUltraHungryBin(改)を試作しないといけない流れになりました。HungryBinを作っている会社Low Impactに以前メリアブ飼育用のアクセサリーや付属パーツを売ることで顧客拡大できるのではないかと問い合わせたところ、丁重にミミズコンポスト以外での利用の宣伝や促進を固くお断り、遠慮してください、とのことで、自分で作ってくださいと言われたこともあります。その時は海外展開もして成功しているHungryBinのような製品をつくることなど全く考えてもいなかったのですが、残された人生を有意義にすごし、多くの人や自然とつながりつつ、それが仕事として成り立つならそれも悪くないか、と思う次第です。

目指すのは世界を守るムシとトリのお話ということでこれはハヤオ・ミヤザキの世界でしょうか。

ということで今地域の裏庭ニワトリオーナーとのつながりをFacebookグループやらを通じて広げ、実情を調査中です。

ちなみにニュージーランドにもついにGoodGrubメリアブ会社が設立され(おそらくUKのFly Farmの飼育システムを利用していると思われる)今後展開してくと思われます。

www.goodgrub.co.nz

地元オークランドのメリアブ業開拓者としてリスペクト、応援しつつ、いずれはあいさつに伺いウジと裏庭Chookの復興でつながる命にあふれた社会を作る礎に共に貢献できるよう自らのウジ道に精進する、という心意気で(明日から)過ごす所存です。