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蠢くウジが開く道

オランダ発報告書:新昆虫産業 -The emerging insect industry- 昆虫福祉にも言及

 

オランダ王国農業・自然・食品安全省(Ministry of Agriculture, Natue and Food Quality)の独立諮問機関であるThe Dutch Council on Animal Affairs (Raad voor Dierenaangelegenheden, RDA、オランダ動物評議会とでも訳すのでしょうか) は昨今の世界的な高品質代替タンパク源としての昆虫に対する関心の高まりを受けて以下の4項目についての問題提起が必要とし、拡大するであろう大規模昆虫ならびにそのほかの陸生無脊椎動物の生産施設を取り巻く社会的、倫理的に関連性のある問題についての報告書『新昆虫産業』(The emerging insect industry)を発表した。
問題提起すべき4項目とは:
(1)昆虫を食べることの安全性、(2)温室効果ガスとアンモニアの排出、(3)逃げ出した昆虫が引き起こす危険性、(4)アニマルウェルフェアならぬインセクトウェルフェア(昆虫福祉)を考慮する必要があるか。
 
この報告書の章立ては(1)オランダ王国での昆虫生産に関する概要、(2)関連する規制や法令制度、(3)関連する研究と教育、(4)国際的な展望、(5)関連する社会的価値、(6)まとめ、となっており今後昆虫由来の飼料、食品分野の発展が見込まれている国地域の管轄省庁にとって法令整備をする際のモデル参考資料的な内容となっている。
 
この報告書に含まれる提言はRDAによって過去に提出された報告書に含まれる政策評価フレームワーク( “One Health: A Policy Assessment Framework”)の指標の根拠となる16の社会的価値 (Social Values) に基づいていて、提言の中でメインの一つとして提示されているのが(勝手な訳ですが)『昆虫の内在的価値を尊重し、昆虫をこの世に生を受けた有情の生き物として扱うべし』というもの。
”One major recommendation is to respect the intrinsic value of insects and to treat insects in captivity as sentient beings. ”
 
この "Intrinsic value" という言葉の訳は内在的価値で良いと思われ、これは動物を扱う環境倫理を語る上で様々な意味合いと見解を含むと思われるが、そもそも動物実験やブロイラー的な動物の飼育生産方法、食用だけでなく人間が関わる動物全般に苦痛や恐怖を与える行為のモラルが問われて久しい訳であるし、それを神経細胞の存在からある程度の感覚感情がある事が示唆されている昆虫等についても命を消費する立場でのモラルを問う、というのは畜産動物福祉に関する関心も高い欧州では当然と言えば当然かもしれない。
"Sentient beigns" という言葉も調べて出てくる翻訳は仏教用語的なもので生きとし生けるもの、有情と出てくるので慈愛の心で接しなさい、的なところかもしれない。
 
しかし今までミズアブジェットを振りかけて駆除していた害虫たるメリアブたちを商品価値を見出したや否や、突如内在的価値を尊重し、慈愛と憐れみを持って扱う人間も哀れな存在、何か皮肉な話である。
とは言え、人間以外の命に対する接し方、「エシカル(ethical)」な行動とは何か、という点に関しては全てに共通する問題でもあるので、この新たに命を大量生産し消費しようとする新産業の勃興を契機に改めて問題提起をする意義は大いにあると思われる。その上、他のプロテイン生産業よりも環境に優しい、という事も売りだったりする訳で、それを取り巻く様々な社会環境問題と倫理を最初から問い、ウジを虫けらの様に扱わない、というポジテイブな姿勢をもつというのはこのご時世的に真っ当なのかもしれない。
 
何れにしても今後昆虫業者がこの点をどう消費者や社会に対し表現、発信していくのかは興味深い。
いわゆる養鶏においての"Free Range"や"Cage free"的な飼育生産方法が消費者に与えるであろうポジティブなイメージが昆虫においては一体なんなのか。
ミツバチやコンポストミミズよりもより工業的に生産され、それが間接的に我々の一部となるわけだからクリーンで安全なイメージ重要視されるのは間違えない。
いずれにしても痛みや苦痛の有無の根拠、虫ケラから鯨、雑草から屋久杉までその種によって扱い方を変える、という姿勢そのものが人間中心視点で、何が誰のために倫理的か、という哲学的な問いを同時進行でそれぞれが進める必要も感じられる。
 
飼育方法ではないが命を頂いている動物への慈愛や感謝という意味では生産地や生産現場によく見られる慰霊碑、供養塔であるが、どうやらペットや軍用動物以外の動物の霊や魂を祀るというのは東アジア(日本,韓国,中国,台湾)特有の世界に類例を見ない文化らしい。(参照:東アジアにおける動物慰霊碑をめぐる文化、依田賢太郎

 

 
 
この報告書のサマリーの冒頭で挙げられているもう一つのキーポイントは大量生産の際の食料としての安全性の確保で、持続可能・サステイナビリティ的な視点からは魅力的であるものの残渣や有機廃棄物によって昆虫が育てられた場合に細菌や重金属による汚染が起こりうる可能性を示唆している。
 
現状オランダ/欧州政府はこの問題に対しての解答をまったくもっておらず、メリアブを餌として利用するオランダの鶏卵ファームOereiの立ちあげもあくまで欧州での養殖魚への昆虫の餌としての利用認可を受けた昆虫生産団体の政治的ロービー活動の成果であり、昆虫生産セクターは政府の法令や規制の無い中、先行き不安定な状況で漂っている、としている。
 
この安全性に対しては、既存の食料生産同様に生産工程と原料、餌の質に関する指針と検査や内容表示の義務付けなど、ニーズと研究が進むにつれて政治的な力も働かせながら制度が整って行くものと思われるが、先行する欧州、カナダ、アメリカにおけるこのウェルフェアと安全性に関する規制、法令整備、操業を開始している企業の動きも今後注目である。
 

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